Last kingdom  タナト様作品

  いくらそう差し向けたとはいえヴィラにおいて、カインとその仔犬たちのようにお互いが深く愛し合っているのは珍しい事らしい。



 Last kingdom






最近コロシアムの覇者になった剣闘士のエリックのご主人様であるカインは、ヴィラではちょっとした有名人だ。
大多数の物が40代の年齢、あるいはそれ以上であるのにカインは30もいってなさそうに見えるほど若々しく、美しい。

調教において、手段を選ばず服従させようと肉体的、精神的に苦痛を与えるものがほとんどであるのに対し、カインはそれらのことを積極的には行わず、本当に必要な時にだけ最低限行使するだけ。
けれど確実に調教を成功させるので、皆はカインがどんな手段を用いるのかとても興味を抱くのだ。

さらにカインは普段館を散歩する時も、多くのものが自分の好きなように歩くのに、自らの仔犬への気遣いを忘れなかった。
遅いからといって乱暴にリードを引いたりせず、優しく声をかけて己の下へ呼び寄せ、寄ってくる仔犬を愛しいものをみるかのように眼差しを和らげる。
だがそれによって調子に乗り、他の主人に浮気をした犬の権利をあっさり手放した事もある。どれだけ哀願し、許しを請うてもカインは一切とりあわず、結局その仔犬はカインに会う事を許されなくなった。
そのときの冷淡さは、当時の事をよく知るものたちの印象に深く刻まれ、そのものたちから「ジキル&ハイド博士」を意識して、カインは影では「ドクター」と噂されるようになる。

けれど、カインに注目を集めるその最たる理由は、「誰もカインを知らないこと」だろう。
伊達にヴィラに通っている事ではない事から、相当の資産や地位をもっているのだろうが、カインの姿も名前も外では全く知られていないのだ。外見年齢が30もいってなさそう、という憶測も実年齢を誰も知らない事からきている。

そんなカインは、拉致されてきたものたちからすれば「希望の光」として望まれ、ヴィラの客たちからは「奇妙な紳士」として畏怖の念を抱かれる。




散歩の途中そうカインを噂する声を聞き、エリックは内心とても誇らしかった。

出会った当初こそ、カインを憎み、呪い、罵り、反抗したが、完全に隷属してしまえばカインは誰よりも素晴らしい主だとエリックは常々思うのだ。

確かに調教され始めの頃は、自らの体を変えられ屈辱的なことをされたが、それも全ては自分を欲していたからだと思うとどこかくすぐたく思う。
そう感じる事は狂った証拠かもしれないが、エリックは今の生活に十分満足していた。

ご主人様は自分に会うために足しげく通ってくださるし、会えばとても気持ちよくしてくれる、まるでふっくらとした布団で優しく包むように甘やかして、可愛がってくれるのだ。外にいた時とは比べ物にならないほど立派な部屋で、ご主人様の来訪だけを待ち、美味しい物を食べ、自らに磨きをかけるだけでいい。たまにコロシアムの試合も入るけれど、その前夜は必ずカインが駆けつけ落ち着かせるように添い寝してくれる。
最近ではカインがそこまで優しくするのを知り、カインの仔犬の一人が嫉妬して、自分も剣闘士になる、と駄々をこねて大変だったと聞く。その時はとても優越感を抱いた。

カインのように優しく、愛情深い主人に選んでもらえただけでも、これまでの人生悪くない。とエリックは心からそう思った。



エリックの育ちはお世辞にもいいとはいえない。

金持ちどころかむしろ貧乏で、母親はヒステリー、父親はアルコール中毒。
毎日毎日すきっ腹を抱え、両親の見苦しい喧嘩を聞き続け吐きそうな不安と戦う毎日。心が休まる時など全くなかった。

国の補償で学校には通っていたが、家庭のことや衣服の事で馬鹿にされ続けたため、気の長くないエリックはすぐに手を出し殴り合いの喧嘩となる。

そんな荒れた日々を過ごすうちに、エリックは不本意にも不良のレッテルを貼られ、教師たちから問題視され上級生から狙われるようになった。
心は休まらず、体も傷つけられ、エリックは誰にも本心を明かさない、弱みも見せない少年になった。
その頑なな心を抱えたまま、エリックは自立への道を模索し始め、喧嘩で鍛えた腕前を信じ軍隊に入隊。
軍隊の生活は甘くはなく、血が滲むほどの毎日だったが、紆余屈折あり一個小隊を任せられるまでに昇進した。

自分を慕う部下、信頼してくれる同僚。
それらは確かにエリックの心をほぐしてくれたが、やはり彼らが期待しているのは「強いエリック」なのだ。
「臆病で繊細な、怖がりエリック」ではない。

求められる自分と、本当の自分との間で苦しみながらそれでもエリックは懸命にか細い息をしつづけた。

やがてヴィラに拉致され、カインに会うまで




そう思い見上げたご主人様は、視線に気が付いたのかエリックを優しい目で見下ろしてくれた。
うっすらと口の端に上る笑みは、彼の仔犬になったものだけが得られる貴重なご褒美の一つで、降り注ぐ陽光もあいまって泣きたくなるほどの安堵を与えてくれる。

親にすら、こんな瞳で見つめてもらった事はない。
友にすら、こんなに安堵をもらった事はない。
恋人すら、こんなにエリックを愛して必要としてはくれなかった。


降りてくる優しい手のひらを待って、エリックは深い深い深呼吸をするのだ。



けれど、エリックはカインのことを何も知らない。



飼い犬となったものが主人の事を詮索するかどうかは、組織の関与すべきところではなく、当事者達で決める事だ。
原則として情報の漏洩は絶対禁止だが、ヴィラの警備及びセキュリティシステムは恐ろしく優秀で、この情報を持ち逃亡する事も、インターネットなどで公開するということもできない。
仔犬の反抗が予期される調教の時は、アクトーレスがつくのでそうそう大事は起きないし、飼い犬となったものは主に絶対服従を誓うのが常なため、そういったことを警戒するものはごく稀である。
現にカインもエリックの忠心を信用し、特に警戒せず安らいでいる。

だが、カインはエリックに何も話はしない。
生い立ちはもちろん、職業や住んでいる場所、趣味嗜好にいたるまで、カインは誰にも何も語らない。
いつも涼やかで、柔らかな拒絶を滲ませた顔をして館を闊歩し、エリックたち仔犬と二人きりになると時折優しい顔をし、甘やかしてくれる。それがカインだ。
以前のエリックよりもずっと自然に、けれど完璧に弱みを消す。


「エリック?」

「・・・・ぁ、すみません。何ですか?ご主人様」

大好きなご主人様に頭を撫でてもらっているというのについつい考え込んでしまったようで、エリックがカインの声に反応した時、カインは不快と心配を瞳に表しながら見下ろしていた。

「お前、どうかしたのか?」

カインは、昨夜エリックに無理をさせすぎたかと危惧し、その自分より大きなエリックの体を膝の上に招いた。
それにより、カインに憧れを抱くもの、エリックに興味を持ちこちらを盗み見ていたもの、カインに好意を抱くヴィラの客などが、残念とも感嘆ともつかない溜め息をもらした。

エリックはといえば、それらを感じる余裕もない位緊張と幸せで胸が一杯だった。

「ご、ご主人様っ!」

「腰でも痛いか?」

慌てる仔犬をカインはくすくす笑いながらからかう。
自分の膝をまたぐように座らせ顔を首筋に置くよう促がしながら、カインはゆっくりエリックの腰を撫でる。

途端、昨日さんざん可愛がってもらった快楽の時を思い起こし、エリックは勃起してしまった。
だが、とふと思う。
昨日は特別すごかった。コロシアムで10勝したご褒美なのだと思っていたけれど、それにしてはご主人様が嬉しそうだった。
まるで安堵したかのように。

そういえば試合前夜、ご主人様は自分が勝利を誓った時どこか寂しげだった・・・・・・


「エリック。本当にどうかしたのか?」

はっと意識が覚醒すると訝しげなカインの顔が間近にあり、エリックは危うくカインの膝、そしてベンチから落ちてしまいそうになる。

「あっ!」

「・・・・そんなに俺の相手嫌?」

よろめいたエリックを、なんでもないかのようにすばやく支えると、カインは不満げな顔をしてエリックを軽く睨む。

「そ、そんなこと絶対ないです!!ご主人様は俺の唯一なんですから!!」

「そうだよね。じゃなきゃこんなにしてるはずないしなぁ?」

つつー・・・・ぎゅ!

「んぁ・・・ごしゅじんさまっ・・・」

くすくすと笑いながら、カインはエリックの勃起したペニスを下からなぞりあげると、おもむろに先端をぎゅっと掴んだ。

エリックは、はしたないとわかっていながら今すぐにでも腰を振って、ご主人様の手でイかせてほしかった。

けれどカインはそれすら見通すかのようにエリックを膝から下ろし、「おいで」と意地悪く微笑みながら、甘く囁いた。





「あの、ご主人様」

「ん?」

中庭からエリックの部屋に戻る時、人気がない場所まで来るとエリックは思い切ってカインに聞いてみた。

「ご主人様のこと、何でもいいので教えていただけませんか?」

「・・・・・・・・・。俺の事なんて、聞いたっておもしろいことはないさ」

急にカインの瞳が鋭利な物になり、リードを引く手に力がこもる。
機嫌を損ねてしまったかも、とエリックは少し怯えたが、それでもと食い下がった。


「あの、俺が試合に出る前の夜、ご主人様の様子が少しおかしかったので・・・!何か悩んでる事があったらいけないと思って・・・!」

「・・・・・」

ぴた、とカインが歩みを止めエリックの顔をまじまじと見る。
まるで「へぇ、よく気づいたね」とでもいいたげに。

「エリック、お前俺が思ってたより賢かったんだね・・・。おいで優しい子、ご褒美あげる」

「ありがとうございます・・・、あっ、ん・・・・」

かがみこんだカインは、エリックのリードを引き深く深くキスをした。

くちゅ、ぴちゅっ

ここに第三者がいれば、聞こえてしまいそうなほど激しく、カインとエリックはお互いの舌を絡め、口内に舌をいれかき乱した。

エリックがキスに夢中になれば、カインが答えるように息も飲み込まんばかりに口付けをする。たまらず逃げようとすれば、いたずらをする猫のように後を追い、再びエリックの舌を捉える。

「っは・・・ぁああ、ごしゅ、んっ。あぁっ」

「っふ、は、ははっエリック可愛い」

カインはそういって笑うと、おもむろにエリックの舌を咥え、まるでフェラチオをしているかのように顔を前後に動かした。

「っひゃ、ご、ごひゅっ、んなぁ・・・・っ」

舌をカインに加えられているため、うまく発音できないがエリックはその巨体を快感に震わせながら、懸命にカインに快感を伝えようとしている。
そんな健気なエリックの姿をみて、カインは嬉しそうに目を細めると自身の舌も使い、一層動きを早めた。

ぐちゅっ、ぬるぬる、ちゅぶっ、ぶぶっ、ちゅーーーーっ、っぱ・・・

「ごひゅひん、ひゃまぁー!あっ、ひゅ、ひゅごっ、あぁ、んっっ!」

カインが舌を離したと同時に、エリックは軽く達したようでとろんとした目で、カインと自分を繋ぐ唾液の糸をうっとりと見つめていた。
エリックがヴィラに来たときより、キスのしすぎで少し腫れた唇は赤く糸とのコントラストがとても美しかった。

「気持ちよかった?エリック」

「は、はい・・・・・。ありがとうございます、ご主人様ぁ・・・・」

そんなエリックを見てとても機嫌を良くしたカインは、自分より少し大きい体をぎゅっと抱きしめ、耳元で「可愛い」と囁いてやった。

エリックは恍惚の溜め息をつき、体中の力が抜けたためカインに体を預ける。

「行こうか、エリック。部屋に行けばもっと可愛がってやれるよ?」

「はいぃ・・・・ご主人様、大好きです・・・」






エリックのその言葉を聞き、カインはざっと心が冷えたのを感じた。

幸せそうに自分の胸に体を預けるこの生き物は、快楽をもたらす存在だから俺に懐いているのか。

そんな不安が過去の出来事とともに湧き上がってきたのだ。



カインは軽く頭を振ると「おいで」とエリックに声をかけ、珍しく足早に部屋へと向かった。



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